9/26(金)暑くて、忙しい9月が終わってしまう。やらなくてはならないことが多すぎて、1日が24時間では足りない。西山茂行は、会社、競馬、ゴルフ、カラテの稽古、飲食、そして夜の🍺🍷。加えて東京馬主協会と日本馬主協会連合会の会議や行事もあり、身体がいくつあっても足りない日々を過ごしています。夜は早く家に帰って、プロ野球(消化試合も意外と楽しい😀)観戦。NetflixもU-NEXTも入っているので、昔の想い出の映画を見たり。ほとんど途中で寝てしまいますが。競走馬ナイママが亡くなった、と聞き、TwitterXに追悼文を書いたところ、大反響をいただきました。文字数に制限のないここで、詳しく書き残しておきたいと思います。昭和の終わりの頃、父の西山正行が藤本冨良調教師の進めで、1頭の牝馬を購入した。ニシノマッサリア。未勝利で終わったが2着が2回。西山牧場で繁殖となる。藤本冨良調教師は「この馬は必ず西山牧場の基礎牝馬になりますよ。」と言うのを聞いていた。当時西山牧場が輸入したシェルシュールドールを種付けし、産まれたのがブランドノーブル。強い牝馬でした。中館英二騎手を背にターコイズステークスを逃げ切り。そしてその子にニシノサブライム。オープンで活躍。この馬は西山茂行と上原博之調教師との太い縁を作ってくれました。ブランドノーブルの子、ニシノプロミネンスは確か3勝。これも楽しませてくれた馬でした。ニシノプロミネンスの子にニシノマドカと命名。ニシノプロミネンスと同じ杉浦厩舎へ。札幌で藤田伸二騎手で新馬勝ち。東京でグリーンチャンネルで内から差して勝つのを見た時、ちょっと大物感を抱いた。しかし、期待はされたもののその後泣かず飛ばず。4歳の夏前に現役を引退。繁殖入りを決めた。その当時、西山牧場本場をダーレーに売却し、繁殖牝馬を絞っていた時期で、馴染みの血統だけど、他の牧場に無償譲渡して、その子をまず1番先に見せてもらうことにしよう。となり、日高のとある牧場へ寄贈した。そこの牧場の経営者より「まだ来年の種付けまで時間があるので、地方競馬で小銭を稼いでいいですか?」『どうぞ。』ところがその牧場が不渡りを出し倒産。園田で走るニシノマドカは差し押さえられたのか、それとも競走馬と続きをみる
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Source: 西山牧場オーナーの笑気分
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